中国との対立の一つの原因が尖閣諸島問題です。
日本政府が国有化を決めた時から中国の周辺海域への侵入が多くなっています。
今回は尖閣諸島の歴史についてまとめて置きます。
中国の文献に魚釣島地図が乗っていた?
中国側の主張は、古くは、明の時代の時代の地図に載っていたとの主張です。
しかし、中国が近代国家となったのは戦後です。
その時代の地図に載っていただけで領有権を主張するには説得力が足りないのです。
それは、もっと古い昔の地図には、日本が乗っているはずであるからです。
日本側の尖閣諸島の記録
日本側は1885年(明治18年)以降に調査を行い無人島であること、どこの国にも属していない島であることを確認しています。
調査後に、閣議決定を行い日本の領有権としました。
尖閣諸島では、日本の民間人が、その産物を利用して事業を大戦前まで行っていたようです。
第二次世界大戦後に沖縄とともにアメリカへ編入されますが沖縄返還とともに尖閣諸島も日本へ返還されています。
これが日本の尖閣諸島に対する歴史になります。
中国・台湾の主張
中国側がアメリカから日本へ尖閣諸島が返還される前の1971年に、台湾の一部であることが主張されたのです。
この主張のよりどころとなったのが、先に書いた、明の時代の地図に載っていたことです。
しかし、中国が台湾を自国の一部であるとしている一方で台湾が独立した国であるとされていることから、中国の一方的な他国への干渉であるともいえその主張を通すのは、難しいことです。
その上、台湾の人の中にも歴史上は日本の領地であると主張する人も出てきています。
中国にとって矛盾した主張をしていることになるのです。
なぜ中国は尖閣諸島にこだわるのか?
中国は同じような問題を周辺諸国と繰り広げています。
台湾も中国の一部という認識です。
そして、フィリピンやベトナムといった国境を面した国とは同じような領有権争いが続いているのです。
尖閣諸島で最も惹かれるのがその資源量です。
地質調査によって尖閣諸島の石油の埋蔵量がイラクの埋蔵量に匹敵することが知られています。その資源の採掘権を中国側が失いたくないために自国の領有の主張を繰り返しているのです。
まとめ
歴史を正確に把握していくと様々なことがわかってきます。
中国の歴史は長いですが、近代的な組織として今の政府が独立して保っている期間はそれほど長くはありません。
むしろ日本が同じ長すぎるといえます。
中国としては尖閣諸島が資源が豊富な地域の一つとして見ることができるので手放したくないために、あらゆる手段で言いくるめようとしてくることは考えられます。
だからといって、それに対し武力で対抗するのではなく対話によって解決してほしいものですね。