オリンピックのエンブレムの
パクリ疑惑でいろいろなことが
暴露されていますね。
びっくりするような日本の美術界の
構造から、作品の優劣ではなく
初めから受賞者が決まっている
コンペティションだったり
びっくりするようなことまで
出てきますね。
気になった点をまとめておきますね。
持ち回り制の受賞者
作品展があった時に賞の受賞を決める際に
実力ではなくて、開催時からすでに受賞者が
あらかた決まっていることがまずあるようですね。
しかも、その審査員は親しい間柄の人たちで決まっているため
受賞した人が次の審査員になって特定の人の作品を
選び受賞作品にして、作品展の受賞者と
選定者が持ち回りになっている構造があるようです。
ということは、日本においては美術の作品展は
権力がある人に気に入られている人か、
コネクションのある人が残っていき、
それ以外の実力のある人は日本で目が出るのは
非常に難しいことなんですね。
その構造は、日本のほかの分野でも同じかもしれませんが。
エンブレムの商品は100万?
エンブレムの受賞の副賞は100万円という。
そういう情報がインターネット上に流れているが
本当なのかはわかりませんが、
この金額を皆さんはどう思われますか?
オリンピックのエンブレムは、そのオリンピックを象徴するものとして
ほとんどのメディアに露出されます。
そして、協賛企業は莫大な、お金を払ってそのエンブレムを
ビジネスのために使い、オリンピック協会には
たくさんのお金が入ってきます。
そのようなエンブレムのデザインに100万円なのですね。
ちなみに、国立競技場のデザインを採用されキャンセルになった
ザハ氏のデザイン料はすでに13億とか15億円を支払っているということです。
国立競技場の当初の予算が1300億円だったことから、1%を支払っているのですね。
そして、追加でいろいろと支払うというのも言われています。
ちなみに、その金額はデザイン料だけで、デザイン後の設計料金は
含まれていないのですね。
日本人と外国人によって支払う料金を変えているのか
分かりませんが、エンブレムのオリンピックで使用することによって
動くお金の総額を考えた時の金額と比較すると
非常に少ない金額であるような気がしてなりません。
つまり、この例からも、日本人の日本人のデザインに対する
価値観が伺えるのです。
日本の芸術に対する見方はどうか?
日本の芸術に対してみる見方は、エンブレムの商品の受賞料金からみても
それほど重点を置いているように見えませんね。
そして、教育機関の充実度からも、それは伺えます。
国立大学の芸術学部は、ほとんどなく、芸大のみ。
そして、旧帝国大学には一つもないということからも
その程度の扱いなのでしょう。
そして何よりもだめなのが、外部と交流がないことが
言えるのかもしれません。
今回の佐野氏の例であったように、身内や親しい間柄だけで
受賞を繰り返す習慣で、外部の人間が主催者、受賞者共に
入りにくい構造になっていること。
また、逆に、芸術を使おうと思っている外部の人間が
受賞賞金にも見えるように、それほど重点を置いていないこと。
そのために、デザインの実力としては、いまいちな人が
権力をとってしまう構造になってしまっているのです。
そして、若い人の目が非常に出にくい構造なんですね。
まとめ
オリンピックエンブレムのことから日本の芸術についてみてきましたが、
考えれば考えるほど、日本の芸術ってつまらないものですね。
本当にいいものは日本だけでなく海外に行っても
いいものであることでしょう。
工業製品は世界中どこでも同じ性能のものを製造できますね。
同じ性能のもので消費者が購入するのはデザインの良いものになっていきます。
そのプラスアルファの要因によって売り上げが伸びるデザインに
対する日本の評価、対応が非常の良く無いように見えてきます。
そして、悪いことにオリンピックのエンブレムから日本の現実を見ていくと
理不尽でつまらないものであることが見えてきますね。
これが日本の社会の常識ではないことを願いたいです。